- 日々の昭和館 -
(その6) 犬とおばさん
「名画座番外地」の登場人物にクソガキ・アキラという後輩がいるのですが、って、知らねえ ? 読んだことねえ ? ふーん。ちっ・・・ ! だったら今すぐ本屋に行って、立ち読みか万引きでもして来てください。夜露死苦。
で、そのアキラなんですが、コイツは千葉県出身で、いや、千葉っていってもそんじょそこらの並みの千葉ではなく、一両編成のローカル電車で途中何度もスイッチバックとかしながらうねうね行って、そっから一日に2本しか来ない木炭バスに乗って30分、さらにそこから先はロバに乗ってでしか行けないという壮絶な未開の土地で、電気すら通っていないし、通信手段は未だに矢文とノロシというまるで石器時代みたいな村。そんな地図にも載ってないようなド田舎の村からギター1本小脇に抱え、文明的な生活を求めて東京にやってきて、そのまま新宿昭和館にアルバイトとして入社し、閉館を迎えるまで最下層カーストの奴隷として働き続けた愛すべきチンカス野郎なのです。
アキラは普段はとてもいいヤツで、皆からもとても可愛がられていたのですが、酔うと見境なく女をくどくエテ公と化し、深夜のバス停でペッティング、飲み屋の階段で割れ目ちゃんジャック、と、傍若無人の限りを尽くし、あげく携帯にマン毛がはさまっていたこともあるという、明らかにチンコのパッキンの壊れたクルクルパーな一面もありました。
かけもちバイトでデパートの高級総菜屋で働いていたアキラは、連日大量のサラダやローストビーフ等を店からパクッて映画館に出社し、われわれ赤貧の先輩従業員の栄養状態改善に多大な貢献をしてくれました。だから本当にいいヤツなんです。おかげでかなり舌も肥えました。あれ以来、ローストビーフなんか食ったことねえしなあ・・・。一生の思い出ですよ。
で、そんな当時10代のアキラが夢中になっていた音楽がブルースでした。千葉の南京豆畑とアメリカ南部の綿畑を無理矢理重ね合わせ、田んぼの畦道のクロスロードで悪魔に理性を格安で叩き売って「房総のジミヘン」の称号を手にしたアキラは、いっぱしのブルースマンとして東京を中心に数々のライブやセッションをコナしていきました。
そのうちどうしたことか、ブルースはやはり英語だ、なんたって英語の発音が命だ、などと壁に向ってブツブツとつぶやくようになり、あげくの果てがNOVAに駅前留学。思えばこのころから壁にブチ当たっていたみたいです。
やがてブルースバンドを離れ、一人ギターを抱えて弾き語りを始めたアキラは、日本語で、自分の言葉で、自分の人生を歌うようになりました。
薄っすらとブルースを基本にした、「問わず語り」とでもいうべき独自のアコースティックスタイルで、現在も中央線沿線を中心に精力的に活動を続けています。
と、長~いマクラが終わって、こっからようやく本題です。
このアキラのモデル (つか名前変えただけ) になったのが、本日ご紹介する鶴岡武雄です。
鶴岡は10年以上も音楽活動を続けているにもかかわらず、未だに一度もCDを出したことがない。周囲にいるミュージシャン仲間たちはすでに何枚もアルバムを発表しているというのに、彼だけはCDも出してないしホームページもない。そこで僕は考えました。本の印税がまだ少々残っているので、それを使って彼のCDを製作しよう、と。
困惑する鶴岡を無理矢理説き伏せ、これはお前のためじゃない、昭和館のみんなのためなんだ、って訳のわからん迷惑なプレッシャーを与えまくり、どうにかこうにか臨時プロデューサーの座に納まって、鶴岡をとりあえずのスタートラインに立たせるべく強権を発動させていただくことになりました。
でもね、考えてみれば、昭和館のことを書いた本の印税で昭和館の後輩のCDを制作するってのは、印税の使い方としては一番いい使い方なのではないかな~、と思うのですよ。印税ったってまあたかが知れてるし、長春館で焼肉食って吉原でトルコ行ったらもうパーですからね。だったら何か形として残るモノにつぎ込んだほうが全然いい。ましてやそれが鶴岡武雄の記念すべきファーストアルバムだってんなら僕はもう何も言うことはありません。感無量です。
鶴岡武雄ファーストアルバム「犬とおばさん」
発売は2009年8月29日の予定です。
いい曲や微妙な曲がいっぱいつまっています。
ぜひぜひ聴いてやっていただきたい。
(※)販売店等の情報は、以下の鶴岡武雄MySpaceでご確認ください↓
鶴岡武雄 MySpace

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